静寂を破って玉砂利の音が響く橿原神宮境内、日本のはじまりを感じる神社

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 50年ぶりの橿原神宮参拝です。昔の記憶は橿原神宮は遠い場所にあったたということだけですが、引率者からは、「ここの神社のことは知っておかなければなりません」という言葉ははっきりと残っています。
 神武天皇が高千穂宮から東征の議を決し給われた目的は「この国のすべての人を安らいで、ゆたかに暮らせるようにするにはどうすればよいか」ということでした。

 日向の地から磐余彦尊がみずから軍をひきいて進軍した時に、潮の流れの速い速吸之門で、どの船も前に進めなくなりました。難儀していると国神の珍彦という者と出会い水先案内をしてもらって、無事に宇佐へ上陸することができました。その後、今の瀬内海を通り和歌山県を回り奈良に入るという道をたどっています。東征は大変な困難を伴ったものでした。

 

橿原神宮鳥居

橿原神宮前の通り
大和三山のひとつ「天の香具山」

持統天皇の「春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣干すてふ 天の香具山」の香具山です。

畝傍山 この山の麓に橿原神宮があります
藤原宮から眺める耳成山

藤原宮の場所に立つと大和三山が全て見渡せます。

この辺りは藤原京時代のままという雰囲気を醸しています。

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