5月5日は子どもの日、端午の節句

5月の節句に関する言葉はたくさんあります。
端午の節句、五月人形、武者人形、菖蒲湯、尚武、幟、鯉幟、粽(ちまき)、柏餅、など。

子どもの日と決められたのは戦後

子どもの日と名付けられたのは戦後のことです。戦前、戦後で呼び方まで変わってしまったのですね。昔は端午の節句と呼ばれ、男の子が生まれると鯉のぼりを揚げて祝う習慣がありました。我が家も5月5日には鯉のぼりを揚げていました。
男子が元気よく育ってほしいという願いを込めたその気持ちと伝統は伝えていかねばなりません。

最近は鯉幟を見ることがめっきり減ってしまいました。
住宅事情や文化の変化でしょうか。
その代わり、家庭の鯉のぼりを持ち寄って河原などで泳がせる方法がとられ、空に泳ぐ鯉のぼりを多くの人たちが同じ場所で共有できるメリットがあります。

食べ物

子供の日に柏餅や笹団子を頂きます。
柏餅は柏の葉にくるまれた団子ですがこの柏の葉がまっすぐ高くの伸びることから縁起物の食べ物になっています。
子どもがすくすくと成長することを願う意味がこもっています。

生活

菖蒲の季節でもあり、尚武が菖蒲と同じ読みから菖蒲湯に浸かることをします。
菖蒲湯は殺菌効果が期待できるとも言われています。

「粽食べ食べ兄さんが計ってくれた背のたけ♪」という歌にもあるように粽を作ります。

3月3日は桃の節句、ひなまつり

桃の節句

ひなまつりは、平安時代の貴族をお手本に、女の子が優雅で美しい女性に育つようにという願いが込められています。

古くは、大伴家持が万葉集(巻19)で詠んでいます。
当時は、水辺で曲水の宴が開かれ、そこで歌を詠むという生活は優雅で穏やかなものだったと想像します。

また、この節句は、巳の日の祓い(みのひのはらい)と言って人形で身体を撫でて穢れを払うというものだったということです。

京びな、立ち雛、流しびな、紙雛、糸びな、元禄びな、室町びな、などなど多くの呼び名と雛があります。現代でもこのような雛を飾るところがあります。

👇掲載のお雛様は戦後間もないころ、母親の実家から贈られたお雛様です。
70年を超えていますが衣装もそのままです。
御殿付きだったのですが、その御殿も長年の間に壊れたり紛失したりで今は手元にありません。二人の官女を御殿の中の両端に座らせ、階段には立ち姿の官女を飾っていた記憶があります。

ぼんぼり、屏風、桜、橘は新しく揃えましたがちょっと小さすぎました。
お道具は子供の頃から親しんできたものです。
鏡は今でも鮮明に映しだします。

https://youtu.be/sNLurdvrShQ

https://youtu.be/sNLurdvrShQ

ひな菓子の色は上から、桃色、白、緑です。真ん中の白は雪を表し、清楚で穢れのないという意味があるようです。

邪気を払うと言われる白酒

白酒はひな祭りに欠かせないものです。邪気を払う飲み物とされてきました。
今の甘酒と似ているのでしょうか。

そんな今の甘酒には「5-アミノレブリン」と呼ばれるアミノ酸が含まれているというニュースが(2月12日付け)飛び込んできました。
長崎大学の北教授の研究チームが甘酒にも含まれている「5-ALA」が新型コロナを阻害する作用があると発表し、2月8日国際学術誌に掲載されたという。

甘酒は昔から日本人には愛飲されてきたものですから体に悪いわけがありません。
江戸時代には「甘酒売り」が行商していたというのです。
暑い夏に体力を消耗しないように甘酒を売って歩いていたという。

ひな祭りの期と同じくして甘酒のニュースが飛び込んできたものです。
世界中で蔓延している邪気を取り払うにはどれだけの摂取量が必要でしょうか。
それが最大の課題らしいです。

2月23日は天皇誕生日

23日の今日は126代徳仁天皇陛下のお誕生日です。
最初の神武天皇から数えて126代目ということになります。

国民の安寧に心を配われている天皇陛下皇后陛下を軸に日本国があるのですね。

世界で一番古い歴史を持つ日本の皇室とともに、私たちは生活をしていることに幸せを感じます。

ご即位から今年で3年目になります。
平成元年(2019年10月)即位礼の儀の時のTV放映写真

他の諸国と比べると日本は、皇室をバックに国があります。
これは非常に意味のあることです。

他の国は、権力争いに勝った者がトップの座に着いています。
一方、日本では「象徴」としての天皇家(戦後の憲法でそう定められた)があり、政治とは一線を引いています。
私たちの精神的な安らぎや自由さが皇室の存在によって生まれている気がします。

また日本は男性女性の両方の神様から生まれてきたという、人間的な神話もキリスト教とは違う点でしょう。
八百万の神様にお参りするのも自由ですが、多くの人が参拝に出かけています。
なぜかって?そんなことに理由は要らないのです。

さざれ石

建国記念の日

日本の建国が紀元前660年ですから、今年は建国から2681年になります。
最初の天皇、神武天皇即位の日とされています。
日本書紀によると神武天皇は神日本磐余彦天皇(かむやまといはれびこのすめらみこと)ということです。
 天皇を中心として連綿と続く日本のような歴史を持つ国は他にはありませんね。
こういう歴史はお金では買えない尊いものです。

正月、祭りごとには必ずといっていいほど神社参りをします。
神社に行かなくても咎める人はおらず、困った時の神頼みで用を済ませる人も多いのですが、それも自由です。
そんな神からできたと言われる神話の国、日本の誕生について考えるよい一日と思います。

日本昔話◇はなさかじいさんのone scene◇枯れ木に花を咲かせます

日本昔話のはなさかじいさんは老若男女が知っている話です。
正直爺さんに助けられた犬のポチが「ここ掘れワンワン」と吠えると小判がザクザク!と出てきたり、枯れ木に花を咲かせるという話ですが、そこには正直な人間模様が、悪だくみをする爺さんとの対照で話が出来上がっています。


そんな昔話を動画にしてみました。

カラー筆ペンで筆記体スカイブルー色とオリーブグリーン色◇日本酒について◇Japanese Sake

筆ペンで筆記体

筆ペンで筆記体は案外書きやすいものです。
昔、学校で習った筆記体ですが今は、読みづらいということで教えていないようです。
書くより話す方が重要視されているようです。

昔取った杵柄(とまではいきませんが)で、義務教育中に覚えた筆記体は今でも覚えています。

派手さがない筆記体ですので市松模様と富士山の絵が描かれた折り紙を添えました。
英語の筆記体は、Japanese Sake is made from rice,suited for sake brewing.
と書きました。

美味しい米から美味しいお酒ができます。
その米も日本で作られた米を使うから「日本酒」と呼ばれます。

酒米 suited for sake brewing

お米は、酒造りに適した酒造好適米を使用します。

玄米(brown rice)を磨き(polishing)その後洗米(washing)されます。
洗米されたお米は浸漬され、蒸されます。
蒸し終わったお米をこしきに入れて広げられ、麹菌を蒔いて数日置きます。

というようにお米がお酒に変わるまでに何段階もの作業が行われます。
まだまだお酒に行くまでには段階を踏まなければなりません。


もう届かない年賀状

秋に想う


父親の他界後の気持ちを綴った文章です。

 実家の庭先に咲いた淡い色の花。父が部屋から眺められるようにと蒔いたコスモスが秋の風に揺れています。
 昨年の今頃、コスモスの揺れるのを眺めながら、年老いた両親とともに行く秋の日を過ごしていたのが、つい先日のように思い出されます。
 このゆったりとした時間が私はたまらなく好きでした。

 今年の、父から届いた年賀状には「来る歳の善きことのみ祈りつつ 若水汲(くみ)て神棚に捧げる」と書かれていたのですが、二月の寒い日に逝ってしまいました。家族全員に看取られながらの大往生でした。九十二歳でした。

  教育者として実直な人生を送り、最期まで母のことを気にかけていた父。
米寿を迎えた年の年賀状には、「激動の世を永らえてしみじみ(さんずいに心)と米寿迎えて妻と静かに」と晩年の心境を詠っていました。

 父からの年賀状はもう届きません。

 コスモスの花が揺らいでいます。母とたたずむ晩秋の庭先にほのかな香りが漂った気がします。父からの便りでしょうか。

日本の秋の田園風景

お米について

今年は米の出荷量までコロナ感染症の影響を受けていると聞いています。

しかし、秋になれば田んぼ一面に穂をつけて実りの秋となります。
各県ごとに多品種の米が生産されていてその地方の風土にあったお米が収穫されています。


ある小学校では教育の一環として田植えから収穫までをさせているところがあります。
ニュースを見る限り、この傾向は増えているように感じます。
自分たちが育てたお米が給食に上がってくれば喜びもひとしおでしょう。

田園風景

梅雨時には十分な雨量を得て、夏には太陽をいっぱい浴びて育つコメの様子を写真に収めました。
あぜ道に沿って昔は小川が流れていましたが、今は用水路になっています。
この用水路のお蔭で水の量がコンントロールされています。

秋の田に関する言葉

稲穂、豊作、稲刈り、案山子、もみ、藁(わら)、脱穀、俵、収穫、お供え、神社、祭り、
はさ木、田守、稲垣、刈干し、段々畑、もみ殻、籾引き、豊年、不作、山田、五穀豊穣、
わら細工、新嘗祭など。

百人一首でその土地を巡る:天の橋立

百人一首60番歌

大江山
いく野の道の
遠ければ
まだふみもみず
天の橋立

小倉百人一首60番歌 小式部内侍

百人一首60番歌の作者は小式部内侍(女性)、その母は天才歌人で名高い和泉式部です。
宮中で働くようになった小式部内侍は才能があり歌も上手だったので周囲からやきもちを焼かれていました。
周囲は、「あなたの歌はお母さんが代筆しているんでしょ」というもの。

現代でしたら、訴えることもしますが昔のことです。
また、そんなことを口に出すことも許されない時代でした。

才能を認められている小式部内侍は歌会でこの歌を披露、その気持ちを表しました。

和泉式部は再婚をして天橋立の地にいるのですが、「わたくしはその遠いところにも行っていないし手紙も見ていないのですよ」というも

夏のまつり 花火大会

今年の夏は、コロナ禍の影響でイベントは全国的に自粛状態です。
全国で催される花火大会も中止をするところがほとんどです。
花火に限らず、この困難を違う方法で乗り越えている自治体や団体が増えています。

そんな中、花火はアニメーションで楽しむことにしました。
adobe ソフトを使用しています。

七夕まつり たなばたさま